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マルホンまきあーとテラス(石巻市複合文化施設); マルホンまきあーとテラス(石巻市複合文化施設);

マルホンまきあーとテラス(石巻市複合文化施設), 宮城県石巻市

多様な空間と人びとをつなぐ地域の新たな文化施設

2011年に起きた東日本大震災から10年、「マルホンまきあーとテラス」は石巻市の復興と再生を象徴する画期的なプロジェクトとして計画され、2021年に竣工しました。
山々に囲まれた建物は地域の新たな複合文化施設として、大小2つのホールをはじめ、展示スペース、市民ギャラリー、キッズスペース、創作室、研修室や楽屋などさまざまな機能を有する空間を直線的に配置しています。
一見シンプルですが、背後の山並みに溶け込むようなすっきりとした美しいフォルムは季節ごとに豊かな景色を生み出し、遠方から訪れる人たちを魅了する新たな観光地としての役割も担っています。

建築家の藤本壮介氏は、本施設を柔軟性のあるフレキシブルな場として構想しました。
複数の機能は長さ約160mの開放的なロビー空間で結ばれています。さまざまな活動や催しものに合わせてみんなが柔軟に施設を利用できるよう、柱や仕切りを最小限に抑えたつながりのある設計としています。アラップは建築家と密接に協働し、構造や環境設備設計のサービスを提供しました。

プロジェクト概要


26m 天井高

約160mロビーの無柱空間

500緊急時 3日間受け入れ

約160mの無柱空間と耐震性

地震が多いこの地域では耐震基準を満たすことはもちろん、緊急時の市民の避難場所として利用できることも必須条件でした。ですが、平屋のように長く連なる建物において無柱空間を実現しつつ、耐震性を確保することは容易ではありませんでした。

大窓から自然光が降り注ぐ明るい空間の実現 © Masaki Iwata+Sou Fujimoto Architects

異なる用途でも音響性能を十分に活かしつつ同時利用できるよう、各棟はRC造で構成し耐震性能を確保する計画としました。無柱空間となるホール棟は鉄骨トラスで支え、30m×30mの常設展示棟は、鉄筋コンクリート壁を2方向の立体トラスが支えています。企画展示棟は、鉄筋コンクリート壁の間に37mに渡って設けられた層間トラスを用いました。


高さ30mフライタワーの荷重

東側に位置する大ホールのフライタワーは、耐水性と座屈耐力を満足する設計が求められました。高さ30m、幅16.4mという巨大な壁面に対し、舞台上部のフライタワーには床面を一切取り付けていないため、照明やカーテンなどのパフォーマンス機器を設置する最上部の荷重をどう持たせるかが問題となりました。
そのためSRC壁を採用することで壁厚を500mmに抑え、躯体重量を削減しています。企画展示棟と常設展示棟にもRCの隔壁を追加することで、荷重をより均等に分散し、建物中央に位置する小ホールに大きな負荷がかからない設計としました。一方で、大小のホール間となる舞台裏の棟は、耐震要素を満たす建物に挟まれていることから耐震要素を不要にすることができました。

 

シンプルなファサードの複雑な課題

高さも用途も異なる建物を一体的に繋ぐファサード前面に大開口や大窓を設けつつ、浮遊感のある庇・ロビー空間を具現化するには新しいチャレンジが必要となりました。
まず、ファサード全体の強度・剛性を担保するため、大庇にはスチールプレートの床版を採用しています。この大きな庇部分でファサードの面外方向の変形を抑制し、鉛直力は約30m間隔で配置した柱と偏心ブレースでハットトラスを繋ぎ合わせることで庇を吊りあげ、ロビー空間を成立させています。
その他にも、新しいピンジョイントの設計やヒンジ付き柱の導入など、1つひとつの課題を解決していくことで、斬新かつシンプルなファサードとダイナミックな空間が誕生しました。

 

山々に囲まれた地域の新たな複合文化施設が2021年に誕生しました © Masaki Iwata+Sou Fujimoto Architects

高機能を確保しつつ省エネを実現する空調システム

ホールや展示室、収蔵庫など多様な空間の機能性を確保しつつ、エネルギー使用量を最小限に抑える設計とするため、コンピューターシミュレーションを駆使しながら冷水温度やポンプ変流量方式の各種パラメーターを最適化しました。


また、ホール客席部は居住域を効率よく空調できるよう座席空調を採用し、モックアップなどで実験をしながら人が不快にならないよう吹出部と座席の形状を最適化しました。一方で展示室と収蔵庫の空調機には、蒸気加湿、ケミカルフィルターなどを導入し、厳密な温湿度と空気質管理が可能な「公開承認施設*」を目指した環境を実現しています。

 *文化財の公開に適した施設として文化庁が承認する施設

演目に没入できる音響空間

大ホールでNC20、小ホールでNC25以下という静穏な環境とするため、空調機のある機械室をホールから離れた屋上に設置し、消音器やダクトシステムの消音設計で目標をクリアしています。また音響設備に雑音が混ざらないよう、音響システム、舞台装置や舞台照明には、それぞれ専用の変圧器を設けています。これらにより設備騒音に邪魔されることなく、パフォーマンスを楽しめる空間となりました。

© Masaki Iwata+Sou Fujimoto Architects

災害時に備える市民のための施設設計

本施設は、自然災害が発生した際の避難場所になることも想定しています。避難時に少しでも快適な環境を提供できるよう、避難スペースとなるエントランスロビーには床冷暖房を導入しました。またクールピットを通して外気を取り入れることで、夏場に冷房が稼働できないときでも、地中との熱交換により冷やされた空気を室内に取り込めるようにしています。その他72時間運転可能なバックアップ電源や飲料水の確保、雨水貯留システムや緊急排水槽の設置など、過去の災害経験から学んだノウハウが詰め込まれた市民のための施設となっています。